| YUMIZO | 健康・病気・医療 | 18:47 |
稽留流産の手術
なかなか体調が戻らず、ブログをお休みしていました。
退院した翌日(土曜日)には出血がだいぶ軽くなったのでもう、大丈夫かなと思っていたのですが今朝の明け方になって再び、激しい痛みと、ドロっとしたレバ刺し状態の出血がぶり返してしまったので、大事を取って今日も仕事をお休みして家でおとなしくしています。寝すぎて体が痛くなってきたので気分転換に記事を書いています。

さて、ではさかのぼって手術当日の話から書きます。

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4月13日(木)〜明け方編
ついに手術当日の朝を迎えました。
ここまで、痛み・出血ともなく、体温も高温(36.6〜36.8度台)のまま推移して来ました。本当に、最後の最後まで、おとなしくいい子な赤ちゃんでした。6時半に起きて高血圧の薬1錠をほんの少しの水で飲んで、身支度を整えて地元の駅へ。駅で実家の母と待ち合わせて病院に付き添ってもらうことにしました。8時半に病院で入院の手続きを済ませ、入院病棟へ移動します。
病棟の1階で受付の警備の人に、「今日、入院することになっているYUMIZOです。」と名乗ったら「分娩?」とか言われてしまいました(汗)
そんな・・・ええ、確かに3ヶ月ですけどねxxxx、いくら太めとはいえ、臨月に見える程は太っていないと思うのだけど(泣) 「違います、婦人科です。」と告げて、婦人科フロアに行くように言われました。
ネットなどで流産の人の話を読むと、「産科のおなかの大きい人や赤ちゃんのいる人と一緒の病室はつらい」などという話を結構見かけたので、私もたぶん、泣くんだろうなと思って、産科と一緒なら部屋はどうせ2日だから差額ベッド代もたいした金額にはならないから個室にしてもらうつもりだったのですが、この病院は、婦人科は産科とは3フロア違う別の階で、外科・内科と一緒の混合フロアだということだったので、一般の6人部屋に入ることになりました。外来でも受付は産科と一緒だったけど診察室は別入り口に分かれていたし、赤ちゃんとさよならする人や赤ちゃんができなくて悩んでいる人など、婦人科患者への精神的な配慮をしてくれているのだな、と思います。
入院するフロアに行く途中、エレベーターが途中の階で止まって、そこがたまたま産科のフロアだったので赤ちゃんの鳴き声が聞こえてきました。
「ああ、いつの日か私もあの階に行きたいな。」とふと考えながらエレベーターに乗っていたYUMIZOでした。
さて、病室に案内されると看護師さんから手術着を渡され着替えて待つように言われました。上半身は下着も外してブルー薄い生地で出来たガウン型の手術着を着ます。下はまだ下着をつけていてよいそうで、すそがはだけてしまうので手術直前まではパジャマのズボンをはいていることにしました。
ベッドは結構狭くそして、固いものでした。
しばらくして看護師さんが診察室に行くようにと連絡に来ました。同じ階にある入院患者用の診察室に移動します。
内診台へ。触診の後、超音波検査。これが最後のチャンス。
「うん、やっぱり赤ちゃんは見えないですね。袋だけです。」
残念ながらやはり、最後の最後まで、赤ちゃんはその姿を見せてくれることはありませんでした。
「じゃあ、手術ということで、子宮を広げるお薬の棒を入れますからね。ちょっと痛みますよ。」
「はい。」
ぐいぐいとその棒が入れられました。
「うわっ。痛っ。痛たたた・・・・。」
思わず声を上げて呻いてしまいました。下腹部にかなりの痛みです。
これまで、まったく激しい痛みがなかっただけにこたえます。
「それで、手術なんですが、本当は午前中に終わる予定だったんですが、緊急のオペが入ってしまったので、申し訳ないけれど、午後・・・ひょっとすると夕方になってしまうかもしれません。また連絡しますからベッドで安静にしていてください。」

下腹部の痛み、入れられた時の瞬間的な衝撃のみかと思いきや、ずっとズキズキ痛くて、ベッドまでふらふらしながら歩いて戻りました。赤ちゃんとさよならする為の痛みか・・・・。
しばらくして看護師さんが体温(基礎体温ではなく、普通にわきの下で測る方。)と血圧を測りにきました。病棟の説明や、YUMIZOの病歴、家族構成などの問診があったのですが、お腹があまりにも痛くて半分、朦朧としていました。ベッドと部屋の入り口に名前を掲げるので個人情報の同意書のサイン。それから「入院診療計画書」と言う書類を渡され、今日・明日の予定の説明を受けてサイン。なんかいろいろ書類がいるのですね。
手術の際には病室からストレッチャーでガラガラ運ばれるのだそうです。麻酔は手術室に着いてから点滴にて開始。酸素マスクもつけるのだそうです。そして手術は1時間弱。麻酔は2時間程効いていて、切れた後、水を飲んだり、食事したりできるようになるとのこと。そして明日の朝、状態確認の診察をして基本的にその後退院という予定。
そして点滴が開始されます。水分補給と電解質を入れるのだそうで。絶食状態だから点滴で補給するのですね。

そういえば、先週の「手術前血液検査」の結果を聞いてみました。貧血、B型肝炎、C型肝炎、梅毒、エイズ等々の項目があったので。
特に異常なしだそうです。まあ、何もないとは思いましたが、最近、叔父が大昔に受けた手術のせい(多分)でC型肝炎にかかっていることが発覚しインターフェロン治療を受けていたりするので自分はどうなのかを知っておきたかったのです。とりあえず、現時点ではそういう感染症にかかっていないとお墨付きを得たので一安心。

その後、ベッドの上で痛くてのた打ち回っていました。
2時間経っても痛みは治まりません。痛い痛い・・・。手術はまだか・・・。
そのうち、昼食の時間になって、病室の他の人には給食が配られていましたが手術待ちのYUMIZOはカーテン越しに聞こえるお箸の音といいニオイだけでお預け。昨日の夜ご飯以降、飲食禁止なのでつらいです。
「あ〜お腹すいた。お腹痛い。のど渇いた。」
点滴で水分補給しているものの、口は渇くので、唇にリップクリームを塗ってごまかします。
そのうち、付き添いに来ていた母は、「ちょっと用事があるから一旦帰る」と帰ってしまいました(泣)
一人ぼっちだし、痛いし、寂しい・・・・。
1時を過ぎた頃から痛みが治まってきて、軽い痛みになったので、今度は退屈病。ベッドにTVが備え付けてあって、プリペイドカードを買えば見れるのですが、TVをみる気分じゃないのでカードは買わず。デイルームという、フロア内の休憩所に行けば雑誌やマンガ本が置いてあったのですがそれも気が乗らず。何をするでもなくただベッドで横になったり座ったりトイレ行ったりをダラダラ繰り返しながら「手術、まだかよ・・・痛いから早く終わらせたい〜。」ってずっとそればかり思っていました。まあ、手術までの時間が長い分、お腹の赤ちゃんと一緒にいられる時間が増えるということではあるのですけどね。
ちなみにトイレは点滴をぶら下げた台ごとずりずり引っ張って移動です。結構大変。

ところでこの病院は特定の病室以外は、携帯電話はマナーモードにしていればメールはOK、通話はデイルームで可、ということだったので、ダンナさま・ひろちゃんに時々メールを送っていました。あんまり退屈で、「携帯がOKならPHSのデータ通信もOKだよね。」ということで、一旦帰宅した母に、戻ってくる時にYUMIZO宅に寄ってもらってノートPCとデータ通信のカードを持って来てもらうことにしました。ネットでも見て気を紛らわそうかなと。
しかし母はいつまで経っても来てくれず、手術の連絡も来ず・・・・。
時々看護師さんが来て血圧を測りながら「まだですねぇ。もう少し待ってくださいね。」と言って行きますが、ホントに退屈!

待って待って待ちまくること数時間。17時を回ってようやく看護師さんが「もうまもなくなので、トイレを済ませて置いてください」と呼びに来ました。
トイレから戻ってくると廊下にストレッチャーが用意されていました。ちょうど母も戻ってきていました。今更PC持ってきても遅いし!

さて、パジャマのズボンを脱いで、パンツ&手術着のいでたちでストレッチャーに横になります。ぜんぜん歩けるのにな。ガラガラと押されながらエレベーターに乗り、廊下を通って手術室前へ。なんか酔いそう。手術室の扉にはよくドラマでみる「手術中」の赤いランプがついていました。扉の向こう側へ入り、どうやらこの部屋の中に複数の手術室が入っているよう。準備スペースで一旦止まってまず名前と生年月日を確認。足に名前のタグがくくりつけられています。そしてさらに奥へ押されてゆき、いくつか並ぶ中のひとつの部屋へ。この入り口にもやはり「手術中」の赤ランプ。そして、その部屋へやってきました。天井にはこれまたドラマでよく見る、大きな手術ライト。あの、大きな丸い円の中にお椀ぐらいのサイズのライトがびっしり並んでいるやつです。その真下に到着したストレッチャーから隣の手術台にずりずりと移動。
手を手置き台?に乗せ、ベルトで軽く固定。左腕に血圧計が取り付けられ、胸ははだけられて心電図の機械がいくつか取り付けられます。右手の指先にも何か器具をつけ(これも心電図?)、口には酸素マスク。パンツをずりずり脱がされて、足は内診台のように広げた状態に。まな板の上につかまった鯉状態ですね。
周りを取り囲む医師や看護師さんに「よろしくお願いします。」とご挨拶。
「じゃあ、痛みを取るお薬を入れますよ。口が渇いた感じがしますよ。」
と言われ、点滴にもうひとつ、麻酔のパックを繋がれているのを片目にみて、周りをぐるっと見渡しているうちに記憶が途切れました。

・・・・・・・・

次に気がついた時には、看護師さんに肩を揺り動かされて起こされました。
「YUMIZOさん、YUMIZOさん、終わりましたよ。お腹、痛いですか?」
「痛たたた・・・・。」
下腹部がものすごく痛くてそしてものすごく眠いのにむりやり起こされて不機嫌な感じで下腹部を左手で押さえながら目を開けました。どこだここ?
もう、そこは手術室内の準備スペースに移動していて、手術台の上ではなくストレッチャーに乗っていました。パンツもいつのまにかはかされているし(しかもナプキンがセットされている)。
酸素マスクでスーハーしているよ、私。
「あ・・・あれ・・・もうストレッチャーなんだ?」
「そうですよ。」
意識確認のために無理やり起こすそうですね。眠い!
「お腹痛いです。」
「生理と同じような状態で、しばらく痛いし、出血もありますからね。」
ちょっと動くと、生理の時のようににゅるっと出血する感覚が。
「生理と・・・おんなじ??」
「そうですよ。」
ストレッチャーで病室に戻りながら看護師さんとお話し。意識は半分朦朧。
ああ、もう、私の中には赤ちゃん、いないんだ・・・・。
「えっと・・生理とおんなじってことは、体温も下がるんですか?」
「基礎体温? そうですね・・・たぶん下がると思いますよ。」
「ふーーーん。私、基礎体温計の機械で毎日測っているんですけど、そうしたら明日からまた1日目ってことにしていいのかなぁ。」
意識朦朧な状態で、何でこんな時にそんなことを聞いたのか、自分でも不思議なんですが・・・(汗)
「そうですね、それでいいと思いますよ。」
「はぁ・・・・。お腹痛い・・・。赤ちゃん、死んじゃった〜〜。」
病室に戻ると、ストレッチャーと同じ高さに上げられたベッドの横に着け、「移動できますか?」「はい。」ぼ〜〜っとしながら横にずりっと動きます。全身がふわふわしていて変な感じ。うわ〜〜〜重病人だよ。酸素マスクしているし、ストレッチャーで運ばれているし。点滴してるし。朝は普通に歩いてきたのに!
「出血していますか?」
「はい・・なんかにゅるっと。。」
と言っていたら看護師さんにパンツの中身を確認された(ハズカシ!)
時間は6時近くになっていました。ちょうど1時間程。
「1時間ぐらいこのまま静かに寝ていてください。点滴が終わる頃、麻酔も切れるので、そうしたらもう、動いてご飯も食べれるし、飲み物も飲めますからね。あと1時間、がんばってください。」
「はい。」
下腹部がものすごく痛かったです。ズキズキ、ズキズキ。麻酔切れたらもう痛み止めはくれないんだろうか・・・。
まだ麻酔で眠いのですが、なんとなく眠れず、気持ちが高ぶっていて、朦朧としていながらも、付き添いの母にいろいろしゃべっていました。
1時間後、点滴が終わって、腕から針を抜いてもらうも、まだ体はぽわぽわした感じと痛みで、動けません。ボーっとしているうちに、痛みは手術の痛みなんだかトイレ(小の方ね)に行きたい痛みなんだかわからない感じになってきて、看護師さんを呼んで、酸素マスクを外してもらい、トイレに行く事に。自由の身になったけれど、まだ足元はふらふらで、トイレの入り口まで看護師さんが付き添ってくれました。
トイレに行くと、ドロっとしたレバーのような塊と鮮血で便器は血の海(生々しい話でごめんなさい)。ウォシュレットでキレイに洗い流して、下着を取り替え、手術着からパジャマに着替えて、すっきりして病室に戻りました、まだ足元ふらふら。
程なくしてひろちゃんもお見舞いに来てくれました。
「赤ちゃん、いなくなっちゃったよ〜〜。」
ひろちゃんが手を握ってくれたとき、思わず口に出た言葉はそれでした。
麦ご飯7時を回って夕食が運ばれてきて、飲食解禁。ペットボトルのお茶を半分ぐらい一気飲みして生き返る感じ。まだ夕食をとっていない母とひろちゃんには申し訳ないけれど、朝から何も口にしていなくてお腹すき過ぎなのでバクバク食べました。麦ご飯に野菜の煮浸しと、親子煮(鶏肉の卵とじ)という薄味な病院食ですが、めちゃめちゃお腹すいていたので完食。さらにアイス好きのYUMIZOの為に母があんみつとバニラアイスを買ってきてくれたので3人でクリームあんみつを食べちゃいました(笑)
今回の赤ちゃんは残念ながらどこかへ帰ってしまったけれど、またいつか帰ってくる日に向けて、まずは体を戻すべくがんばり始めたYUMIZOでした。


その後、9時で面会時間が終わり、ひろちゃんも帰ってしまったのですが、眠いはずなのに眠れず、母が持ってきてくれたPCを開いて、ブログを書いたりメールチェックしたり。あきたら横になってしばらくしたらまたパソコン開いてを繰り返していました。
食後にパルタンM錠という子宮の収縮を促したり出血予防の効果がある薬と、トロミン錠100という感染症防止の抗生剤の薬を飲みましたが、パルタンM錠の子宮収縮作用によって、下腹部が痛くなることがあるということで、30分後ぐらいからまたお腹が痛み出しました。痛い状態でただ寝ていると痛いことにばかり意識が行ってしまうし、悲しいことを考えると泣いちゃうので、ネットを見て気を紛らわしていたのです。
10時になって病室は消灯になったのですが、同室の他の患者さんがTVを見ていて、カーテン越しにもTVの明かりがチラチラまぶしいし音もするから眠れなくて、YUMIZOもパソコンやったり、トイレ行ったり、ゴロゴロしたりで12時過ぎまでダラダラしてました。その後、布団に入ったのですが、やはり神経が高ぶっていて寝付けず、1時半ぐらいにようやくうとうとするも、はっと目が覚めたら30分ぐらいしか眠っていなくて、また眠れなくなって、トイレに行ったりベッドに座っていたりしました。病院が大きい通り沿いに建っているので車の音はうるさいし、時折救急車が来る音がするし、同室の人のイビキとか、どこかの人がトイレに行く為に廊下を点滴をぶる下げてガラガラ歩いていたり、どっかの病室から激しく咳き込む声が聞こえたり・・・・。病院って、かなりうるさくて眠れないんですね(苦笑)

眠れないまま1時間・・・2時間・・・・4時を回った頃に急に病室の空きベッドに電気がついて、看護師さんがベッドの準備を始めました。しばらくして夕方のYUMIZOのようにストレッチャーでガラガラと患者さんが運ばれてきました。救急車で担ぎこまれた人のようです。どうやらYUMIZOと同世代ぐらいの女性らしく、このままトイレに行くことも禁止でおしっこの管を入れるとか言われています。ご主人が付き添っている様子。聞こえてくる先生との会話は「お腹が痛い?」「手術が必要」「卵管を取らないと」「残しておくと今後繰り返す可能性が」「お腹に3箇所穴を開けてそこから差し込んで手術する」・・・など、それは10日前にYUMIZOがクリニックで言われてこの病院に転院するきっかけになった時の話と似ていました。そう、もともとは子宮外妊娠の可能性を指摘され、内視鏡手術の出来る設備があるということでこの病院に移ってきたのです。
ということは、その人は??? そうなのかどうなのかわかりませんが、他人事には思えませんでした。下腹部の痛みを堪えながら、カーテン越しのその人にもがんばって欲しいなと思っていました。

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話、長いので目覚めた後の話は次の記事に分割して書きます。
続きはこちらからどうぞ!

手術室。
たぶん、クリニックの方で受けていたらもっと簡単な感じだったんだろうなと思うのですが、この病院は、総合病院だからか、ずいぶんと大層な、TVに出てくるような手術室での本格的な?体制での手術だったのでびっくりしました。気分的には超重病人って感じで。
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